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学校

軍艦島には三菱社の私立端島小中学校が造られ、子ども達は同じ建物で勉強していました。ここでは、軍艦島の学校・教育について紹介します。

軍艦島の教育環境について

端島小中学校の授業模様
写真提供:軍艦島デジタルミュージアム
https://www.gunkanjima-museum.jp/

軍艦島は、三菱社の経営下になった1893年にはすでに社立尋常小学校が設立されていました。その後、1921年に公立へ移管し、1934年に北部地域の埋め立てに合わせて木造校舎が新築されます。軍艦島は、鉄筋コンクリートの建物をいち早く取り入れていましたが、学校の校舎だけは変わらず木造でした。ちなみに、公立への移管後も運営費の大半は、三菱からの補助によるものだったそう。

島内唯一の広場だった学校の校庭は、放課後には開放され、犬の散歩や自転車の練習をする子どもたちの姿も。校庭では会社の運動会やメーデーの集会なども行われ、島民に広く利用されました。

運動会の様子
写真提供:軍艦島デジタルミュージアム
https://www.gunkanjima-museum.jp/
メーデーの様子
写真提供:軍艦島デジタルミュージアム
https://www.gunkanjima-museum.jp/

軍艦島の学校で給食が採用されたのは閉山が近づいた1970年。この年島内最後の建物となる体育館が建設され、1階に給食センターが設置されます。給食施設の中には、島で初めてのエレベーターも設置。同時に給食制度も始まりますが、学校給食法が制定されたのは1950年。そのため、軍艦島は相当遅れた支給になりました。給食が支給される前まで、多くの生徒は帰宅して昼食を食べたため必要性がなかったとも言えます。

学校について

現在の端島小中学校
現在の端島小中学校

1957年には、6階建ての新しい小中学校の合同校舎が完成。1961には7階建てとなり、1階から4階を小学校、5階と7階を中学校として使用しました。

1階の東端には技術室、3階の西端に放送室を備えた職員室、6階に講堂兼体育館、防音装置つきの音楽室、図書室。7階は、中学校用教室以外に化学実験室や被服室などの各種専門科目教室が造られました。教室はすべて北面を向き視界を遮るものがなく、晴れた日は長崎港の近くまで見えたそうです。

学校の玄関には、外海から眺めた島の姿をデフォルメした防音装置つきのモザイクが残っています。モザイクは、教職員寮「ちどり荘」に住む先生が指導したもの。寮の裏には、先生が試験的に製作した跡が残っています。

海の状況や悪天候で上陸できないことも多い中、平均上陸率94.7%(※)と高い上陸率を誇る軍艦島コンシェルジュさん協力のもと、軍艦島の上陸ツアーに参加したレポートを紹介しています。ツアーの見どころはもちろん、軍艦島の魅力を余すところなくお届けします!

※平成23年度~平成30年度の上陸実績

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